小説版『羊と鋼の森』レビューと、勇気をくれる表現集

羊と鋼の森【書評】 エンタメ

「羊と鋼の森」を先日読みました。印象的なタイトルと表紙絵ですよね。

宮下奈都著、2016年に「いちばん!売りたい本」本屋大賞を受賞、2018年に映画化され、文庫版も出版されています。

あらすじ

主人公は高校生の時に、ある偶然から、人生を共にする「仕事」と巡り合います。
全く知らなかった職業でしたが、その音に、光景に目が釘付けになり、「ピアノの調律師」の道に進むことを決意します。晴れて調律師として就職するも、全く上達を感じられず暗暗とした日々を送ります。もがきつつも少しづつ成長し、やがて自身の「やりたいこと」を発見し、邁進するストーリーです。

特徴

自然の描写が瑞々しく、Sexやバイオレンスもなく、衝撃的な事件は起こらず、淡々とストーリーは進みます。素朴で真面目な外村の人物像や心理描写に寄り添うことで、読み手の心が整い、洗われてゆきます。刺激は少ないですが、日々を丁寧に暮らしたいと思える作品です。

勇気をくれる主人公の心理描写・表現

毎日、コツコツと積み重ねて、自らの成長を少しづつ育んでゆく描写をまとめました。

今、仕事で悩んでいる方、成長を感じられない方、もしかしたらこの努力が無駄になるかもしれないという不安を消すことはできませんが、明日を生きる背中を押してくれる描写たちをまとめました。

もがき続ける毎日

泳げるはずだと飛び込んだプールで、もがくようなこと。水をかいても、進んでいる実感がない。夜ごと向き合うピアノの前で、僕は水をかき、小さな泡を吐き、ときどきはプールのそこを足で蹴って、少しでも前に進もうとした。

P20

調律師の学校を卒業して、働き出したあたりの描写です。できると思っていたことが全くできない。遥か彼方の目標の影すら見えないような場所からどうやって進めば良いのか?明確な答えは見つからないまま、とにかく進んで行きます。

スタートラインに立つ

森の入り口に立った僕に、そこから歩いてくればいいと言ってくれているのだ。

P63

初めての仕事が大失敗して、自信を喪失していると、この仕事を始めるきっかけとなった大先輩に、「おめでとう」と言われるシーン。

言葉の裏側

「あの人が欲しいのは、忠実に再現されたピアノじゃなくて、しあわせな記憶なんだ。どっちみち元の音なんてもうどこにも存在しない。だったら、あのピアノが本来持っていた音を出してやるのが正解だと俺は思う。やさしい音で鳴ったら、記憶のほうがついていくさ」

P74

ぶっきらぼうで不誠実だと思っていた会社の先輩に同行させてもらうと、腕は良く、実はお客さんのことを深く良く考えているのだと気づいたセリフ。

自分を見失わないために

ほんとうは、僕は、弟を恨んだ。ここ一番のときにいいところをさらって言ってしまう弟がうらやましかった。でも、気づかないふりをした。運があるとかないとか、持って生まれたものだとか、考えてもしかたのないことを考えはじめたら、ほんとうに見なきゃいけないことを見失ってしまいそうだった。

P79

運や才能のせいにすると、そこから一歩も動けなくなることを知っている主人公の頭の良さを思わせる描写。

本当に自分は進んでいるのだろうか

ピッと鳴らされた笛の合図で走り出して、僕は今スタートラインからどれくらい来たのだろう。

P107

精一杯毎日を生きているけれど、一体自分はどのくらい成長したのか?ふと振り返っているシーン。

考えなくても良いことは、考えない

「無駄かどうかは、考えたことがありませんでした」

P133

失敗続きの主人公に、「お前のやってることは無駄じゃないよ」と励ます先輩に放った言葉。

無駄になるのではないかということを考える隙がないくらい集中して仕事に取り組んでるのだなと惚れ惚れしたセリフ。

芽吹き始めた思い

わがままが出るときは、もっと自分を信用するといい。わがままを極めればいい。僕の中の子供が、そう主張していた。

P189

何がなんでも我を通したくなるほどこだわるものがなかった主人公が、自分の中に「こうしたい」という願望を発見するシーン。

やりたいことはこれだと確信する

くるくる回って止まらなかった方位磁針が、ぴたりと止まる。森で、町で、高校の体育館で、たくさんのピアノの前で揺れていた赤い矢印がすべて、一つの方向を指していた。

P212

運命の仕事との出会いから今までの軌跡、そして人との出会いが交差し、自分の方向性が定まったんだと確信する瞬間の描写。

読んでいてこちらが清々しい気持ちになります。

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